ここソルトレイクのホステルには旅人より不思議な住人が多い。
ボロボロの服を着てホステルの補修に励む爺ちゃん。いつも中庭でタバコふかしてるのにたまに掃除している野際陽子似のおばちゃん。パソコンで作曲しピアノを弾くおっちゃん。何故かふらっといなくなるレセプションの兄ちゃん。ドミの部屋を個室と化して居心地良く使うチャリダー3人。
そして不思議おっちゃん。
おっちゃんはキッチンに入ってくるなり、何故かノリノリでシンクに溜まっている食器を洗い始めた。
ん?なんだなんだ?おっちゃん今日はいやに機嫌がいいな。
そして僕たちの使い終わった食器も洗うといって聞かない。
「せっかくアメリカに来てくれたんだからな~」
このおっちゃんもここ長い。いつもは二言三言あいさつを交わすだけのダンディなおっちゃんなのに、このハイテンションは尋常じゃない。
どうしちまったんだおっちゃん・・・
さらにおっちゃんは冷蔵庫から牛肉のブロックを取り出し、「明日はこの牛肉を使って、料理を振舞うから、明日はみんなで食べよう!!」
ホステルではよくあるシーンだけど、おっちゃんに限って・・・。
いったい何があったんだ。おっちゃん・・・
明日。と言ったのにすぐ調理を始めた。どうやら煮込みになるらしく今日のうちから仕込みをするらしい。
僕らは台所を背にして座っていたが、後ろから
カーン!カーン!
驚いて振り返ると、なにもひかず食材をそのままタイルに載せ、中華包丁を勢いよく振り下ろすおっちゃんがいた。
・・・いやおっちゃん。それ煮込みだよねぇ?
一気に不安が募る。そりゃこのホステルには包丁それしかないし、まな板もないけどさ。
こちらの不安をよそにおっちゃんはなおもノリノリで包丁を振り下ろす。
カーン!カーン!
四方八方に散らばる食材。
日本だったら「これが男の料理だ!!」では決して済まされない領域に達している。
・・・翌朝キッチンに行くといい匂いが鼻を突いた。
昨日の嵐のような調理方法とは裏腹に、それは静かにコトコトと煮込んであった。
正直ほっとした。なんだちゃんと出来るじゃん。見た目はいいとは言えなかったけど、いい匂いだった。
その日のおっちゃんは、普段どおりのダンディなおっちゃんに戻ってた。
夜、キッチンには住人はおろか、おっちゃんすらいなかった。まぁほぼいつもいないんだけど、さすがに思ってしまう
・・・・みんな逃げたんじゃなかろうか。
おっちゃんは「自由に食べていいよ」と言っていた。ここで食べなきゃ腹ペコチャリダーの名が廃る。
暖めなおし、みんなで
せーの!パクッ
・・・非常に薄味だ。何かが足りないってもんじゃない。根本的に味がしない。本来隠し味のはずのレモンが完全に主役の座に収まっていた。
が肉も野菜もトロトロにとろけ、うまみが凝縮されていた。あの牛ブロックをよくもここまで。
よしっ、後は任せろ。僕らはだしと醤油で最後の味付けを施しパスタと絡めおいしく頂いた。
結局おっちゃんは現れなかった。一体あれはなんだったのだろう
不思議おっちゃんと牛煮込み